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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)74号 判決

静岡県磐田市新貝2500番地

原告

ヤマハ発動機株式会社

同代表者代表取締役

江口秀人

同訴訟代理人弁護士

布井要太郎

同訴訟代理人弁理士

桑原英明

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

高島章

同指定代理人

吉野日出夫

井上元廣

塩崎明

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が昭和63年審判第20175号事件について平成5年4月8日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和55年9月5日名称を「自動二輪車の排気装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について、特許出願(昭和55年特許願第123219号)したところ、昭和63年9月2日拒絶査定を受けたので、同年11月24日審判を請求し、昭和63年審判第20175事件として審理され、平成3年11月18日出願公告(平成3年特許出願公告第72489号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成5年4月8日異議の申立ては理由があるとの決定とともに「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年5月12日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

各気筒が前後方向に配列されたV型エンジンを備えた自動二輪車において、後部気筒の排気管を気筒の排気口から後方に延設しリヤアーム軸と後輪の間を通してやや前方に向かうように下方へ導くとともに、二次伝動装置の下側を湾曲迂回させ下部から後方に向かって斜め上方へ導き、後輪の側部であって車軸の上方に位置する消音器に接続したことを特徴とする自動二輪車の排気装置(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)〈1〉  雑誌「MOTOCICLISMO」1979年1月号(EDISPORT発行、特に116頁ないし118頁、以下「引用例1」という。別紙2参照)及び昭和55年特許出願公開第46045号公報(以下「引用例2」という。別紙図面3参照)には、それぞれ次のような発明が記載されていると認められる。

引用例1;

「一対の気筒が車体前後方向に配列されたV型エンジンを備えた自動二輪車において、その後部気筒の排気管を、後部気筒の排気口から後方に延設しやや前方に向かうように下方へ導くと共に、二次伝動装置の下側を湾曲迂回させて下部から後方に導き、車輪側部で消音器に接続した構造」

なお、該引用例の記載から直ちに「二次伝動装置の下側を湾曲迂回させた」点が明瞭とは言い難いが、該引用例に記載された二種類の排気管のいずれかを図示のごとき自動二輪車に配置すると、当然その排気管の構造から(二次伝動装置の位置関係から)「二次伝動装置の下側を湾曲迂回する」ことが当業者に自明であるので、上記のごとく認定できる。

引用例2;

「各気筒が前後方向に配列されたV型エンジンを備えた自動二輪車において、後部気筒の排気管を、気筒の排気口から後方に延設しリヤアーム軸と後輪の間を通してやや前方に向かうように下方へ導いて消音器に接続した構造」

〈2〉  そこで、本願発明と、引用例1及び引用例2に記載の排気管に係る技術手段を、従来周知の「後輪の側部であって車軸の上方に位置する消音器をもった自動二輪車」、特に昭和54年特許出願公開第52239号公報(以下「周知例」という。)記載のV型エンジンを備えた自動二輪車の排気管部に施したものとを対比すると、両者は、次の点を除いて、同一の構成を有すると認められる。

すなわち、本願発明では、二次伝動装置の下側を湾曲迂回させた排気管が「下部から後方に向かって斜め上方に導かれている」のに対し、各引用例からなる発明では、その点が不明である点である。

〈3〉  上記の相違点について検討すると、引用例2記載のごとき技術手段を用いて、従来周知の「後輪の側部であって車軸の上方に位置する消音器」に排気管を接続すると、必然的に排気管の後端部は、「下部から後方に向かって斜め上方に導かれる」ことになるから(この部分は、湾曲迂回位置と消音器への接続位置で決るから)、この点に格別の発明が存するとはいえない。

〈4〉  つづいて、引用例1及び2記載の技術手段を上記従来周知の自動二輪車に施す点について検討するに、これらはいずれも自動二輪車の排気管に関する技術手段であって、このように相互に関連した技術を組み合せて所期の目的を達成するごとく構成することは、当業者が当然に行うことであって、格別困難なことではない。

〈5〉  そして、本願発明による作用効果も、各引用例に記載のものから当業者が当然予測し得る効果以上のものではない。

〈6〉  したがって、本願発明は、各引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

(1)  審決の認定判断のうち、前記3(2)〈2〉ないし〈4〉記載の趣旨は、被告の主張によれば、以下のとおりであるので、この趣旨に従って、(2)以下に審決を取り消すべき事由を述べる。

本願発明と引用例2記載の発明とを対比すると、両者は、「各気筒が前後方向に配列されたV型エンジンを備えた自動二輪車において、後部気筒の排気管を、気筒の排気口から後方に延設しリヤアーム軸と後輪の間を通してやや前方に向かうように下方へ導くことを特徴とする自動二輪車の排気装置」である点で一致し、本願発明が、「後部気筒の排気管を二次伝動装置の下側を湾曲迂回させ下部から後方に向かって(以下この点に係る相違点を「相違点〈1〉」という。)斜め上方へ導き(以下この点に係る相違点を「相違点〈2〉」という。)、後輪の側部であって車軸の上方に位置する消音管(以下「消音器」という。)に接続した(以下この点に係る相違点を「相違点〈3〉」という。)、ことを特徴とする」のに対し、引用例2記載の発明においては、このような特徴が記載されていない点で相違する。

しかしながら、後部気筒の排気管を二次伝動装置の下側を湾曲迂回させ下部から後方に向かって導くこと(相違点〈1〉に関する。)を特徴とする自動二輪車の排気装置は引用例1に記載されており、これを引用例2記載の発明に組み合せることは、当業者であれば容易である。

また、排気管を、後輪の側部であって車軸の上方に位置する消音器に接続したことを特徴とする自動二輪車の排気装置(相違点〈3〉に関する。)は、従来周知(以下この技術を「周知技術」という。)であり、特にV型エンジンを備えた自動二輪車の排気管部に施したものは、周知例に記載されているから、当業者であれば、容易にこの周知技術を引用例2記載の発明に組み合せることができる。

そうすると、本願発明と引用例2記載の発明との相違点として残されるのは、本願発明では二次伝動装置の下側を湾曲迂回させた排気管が下部から後方に向かって「斜め上方に導かれ」ているのに対し、引用例2記載の発明では、その点が不明である点(相違点〈2〉)のみとなる。

(2)  審決の認定判断のうち、本願発明の要旨、引用例1に「一対の気筒が車体前後方向に配列されたV型エンジンを備えた自動二輪車」が記載されていること、引用例2に審決認定の技術内容(ただし、後部気筒の排気管が消音器に接続されていることを除く。)が記載されていること、周知例に排気管を後輪の側部であって車軸の上方に位置する消音器に接続したことを特徴とする自動二輪車の排気装置が記載されていること、本願発明と引用例2記載の発明との一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは認めるが、審決は、引用例1記載の技術内容を誤認した結果相違点〈1〉の判断を誤り(取消事由1)、次いで、周知技術の技術内容を誤認した結果相違点〈2〉の判断を誤り(取消事由2)、また、引用例2記載の発明及び周知技術と本願発明との技術的思想及び作用効果の相違を看過して相違点〈3〉の判断を誤り(取消事由3)、さらに、本願発明の構成全体による作用効果の顕著性を看過した(取消事由4)ものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(3)  取消事由1(相違点〈1〉の判断の誤り)

審決は、引用例1に、「自動二輪車において、その後部気筒の排気管を、後部気筒の排気口から後方に延設しやや前方に向かうように下方へ導くと共に、二次伝動装置の下側を湾曲迂回させ下部から後方に導き、車輪側部で消音器に接続した構造」が記載されているとの認定を前提に、相違点〈1〉に係る自動二輪車の排気装置は、引用例1に記載されており、これを引用例2記載の発明に組み合せることは当業者であれば容易である、と認定判断している。

しかしながら、引用例1に掲げられた写真(117頁)は、写真撮影の技術上排気管を安定した状態に置いて撮影されたものにすぎないから、実際の二輪車に取り付けた際の排気管の位置関係を示していない。そのうえ、該写真は、単に湾曲した排気管を図示しているのみであって、相違点〈1〉に係る排気管を二次伝動装置の下側を湾曲迂回させ下部から後方に向かっている点が、この写真から当業者に自明であるとはいえない。

したがって、審決は、引用例1記載の技術内容を誤認し、このように誤認した技術を引用例2記載の発明に組み合せて、相違点〈1〉の判断を誤ったものである。

(4)  取消事由2(相違点〈2〉の判断の誤り)

審決は、相違点〈2〉について、引用例2記載の発明に周知技術を適用すると、必然的に排気管の後端部が下部から後方に向かって「斜め上方に導かれる」ことになるから、この点に格別の発明が存するとはいえない、と認定判断している。

しかしながら、周知の消音器の取付位置は、車軸と同位置のほか、車軸の、前方上部、前方、前方下部、上方、下方、後方下部等の多数のものが存在するから、審決が認定するように、排気管の後端部が必然的に下部から後方に向かって「斜め上方に導かれる」とは限らない。

(甲第6号証ないし第12号証)

したがって、周知技術を引用例2記載の発明に組み合せても相違点〈2〉に係る本願発明の構成を得るとは限らないから、審決の相違点〈2〉の判断も誤りである。

(5)  取消事由3(相違点〈3〉の判断の誤り)

審決は、相違点〈3〉に関し、当業者であれば容易に周知技術を引用例2記載の発明に組み合せることができる、と認定判断している。

しかしながら、前記(2)で述べたとおり、周知の消音器の取付位置は多数のものが存在する。そして、本願発明は、消音器の多数の取付位置のうち、特に「後輪の側部であって、車軸の上方に位置」する取付位置を選択することによって、他の特徴である「排気管を二次伝動装置の下側を湾曲迂回させ下部から後方に向かって斜め上方へ導」かせる構成を可能としたものであり、これにより後記(4)で述べるとおり、「排気の円滑な流れが得られ背圧の影響や排気温度の上昇を抑えることができる」(本願発明の出願公告公報(以下「本願公報」という。)4欄16行ないし17行)とともに、「後部気筒の排気管を走行風で効果的に冷却する」(同4欄25行ないし26行)との作用効果を奏するものである。このような技術的思想及び作用効果は、周知技術及び引用例2記載の発明にはない。

したがって、本願発明は、多数存在する周知の消音器の取付位置から特定の構成を選択することにより、周知技術及び引用例2記載の発明とは異なる技術的思想に基づき、顕著な作用効果を奏するものであるから、審決の相違点〈3〉の判断は誤りである。

(6)  取消事由4(顕著な作用効果の予測困難)

審決は、「本願発明による作用効果も、上記各引用例に記載のものから当業者が当然予測し得る効果以上のものではない。」と認定判断している。

しかしながら、直列V型エンジン、すなわち前後にそれぞれ傾斜した複数の気筒を前後に配列したエンジン型式を有する自動二輪車においては、その排気効率を高めるため、後部気筒に接続する排気管と前部気筒に接続する排気管を等価管長にすることが必要であり、そのため、従来技術においては、「排気管を後部気筒から車体の側方に導き、一旦前方、すなわちエンジンの側部へ迂回させることにより、所望の等価管長を得る構成を採っていた。しかるに、このような構造であると、迂回部分が車体の側部前方にあるため、運転者の足に接触し火傷を起こさせるおそれがあること、ペダル、フートレスト等の配置を制約することおよび大きなバンク角をとることができなくなる等の不具合がある。」(本願公報1欄25行ないし2欄6行)という欠点が存在した。

本願発明は、上記従来技術の欠点を克服することを技術的課題(目的)として本願発明の要旨の構成を採用することにより、「後部気筒に接続される排気管を後輪とリヤアーム軸との間の空間および二次伝動装置の下側の空間を利用して蛇行するように形成したから、各装着部材の配置を大きく変えることなく等価管長が得られ排気効率の向上をはかることができる。また、消音器に対して後部気筒の排気管を下部前方から斜めに接続したから、排気の円滑な流れが得られ背圧の影響や排気温度の上昇を抑えることができる。また、従来の一部自動二輪車に採用されているように、エンジンの側部に排気管の迂回部分を配設する必要がないから、運転上何らの支障がなく、またペダル、フートレスト等の配置に制約がなく、さらにバンク角を大きく設定できるという設計上の自由度がある。しかも、後部気筒の排気管の二次伝動装置よりも下方に延在している部分に走行風がよく当たるようになるから、後部気筒の排気管を走行風で効果的に冷却することができる。」(本願公報4欄9行ないし26行)との作用効果を有する。

審決は、本願発明のこの顕著な作用効果を看過して、判断を誤ったものである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。なお、同3(2)〈2〉ないし〈4〉の審決の理由の趣旨は、請求の原因4(1)のとおりである。同(2)ないし(6)は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2(1)  取消事由1(相違点〈1〉の判断の誤り)について

〈1〉 引用例1は、2気筒オートバイのポテンシャルを高める特製パーツを該2気筒オートバイに装着し、走行テストを行った結果を報告するものであるから、引用例1に示された2気筒オートバイに、上記特製パーツが装着されていることは当然である。そして、特製パーツとして2種類の排気管が117頁中段の左右に示されている。したがって、118頁左下の2気筒オートバイ(一対の気筒が車体前後方向に配列されたV型エンジンを備えた自動二輪車)には、上記2種類の排気管のいずれかが装着されていることになる。

上記2種類の排気管のいずれのものについても、従来周知の排気管の構造から、右側の膨径部が消音器であり、該消音器とは反対側の2つの端部のうち、左側の、消音器側に向いた開口が前部気筒に接続され、右側の、消音器の反対側に向いた開口が後部気筒に接続されることは明らかである。また、消音器は、排気管の後方に向かった端部に接続されている。

そして、118頁左下の2気筒オートバイにおいて、クランクケース後方下部から後輪車軸に向かって白く光って伸びる部分が消音器であることは明らかである。したがって、2種類の排気管のいずれが装着された場合であっても、その構造から、この白く光って伸びる部分の直ぐ前方に、後部気筒に接続された排気管の車体を左右に横切る部分が存在していることになる。また、この白く光って伸びる部分の直ぐ前方は、図示されたクランクケース及びチェーンの位置関係から、チェーン(二次伝動装置)の下側にあたる。

したがって、引用例1には、「後部気筒の排気管を二次伝動装置の下側を湾曲迂回させ下部から後方に向かって」導いた点が示されている。

〈2〉 引用例2記載の発明は、大排気量のエンジンを搭載した自動二輪車に関するものであり、排気音を十分に抑制するために、排気管と消音器との間に消音箱を介在させたものであることから、エンジンが大排気量でない場合、また排気音を十分に抑制する必要のない場合等には、消音箱を介在させることなく、排気管を直接消音器に接続すればよいことは自明のことである。

そして、排気管を直接消音器に接続するに際して、引用例1の「後部気筒の排気管を二次伝動装置の下側を湾曲迂回させ下部から後方に向かって」導いた点を引用例2記載の発明に組み合せること、すなわち、後部気筒の排気管をドライブ軸(二次伝動装置)の下側を湾曲迂回させ下部から後方に向かって消音器に接続することに、何の困難性もない。

(2)  取消事由2(相違点〈2〉の判断の誤り)について

周知の消音器の取付位置が多数存在することは認めるが、審決は、周知のいずれの取付位置であっても、排気管の後端部が「下部から後方に向かって斜め上方に導かれる」としているのではなく、「後輪の側部であって車軸の上方」である取付位置が周知であって、この周知の取付位置を採用した場合には、排気管の後端部が必然的に「下部から後方に向かって斜め上方に導かれる」としているのである。

したがって、周知の消音器の取付位置が多数存在するから、排気管の後端部が必然的に「下部から後方に向かって斜め上方に導かれる」とは限らないとする原告の主張は、理由がない。

(3)  取消事由3(相違点〈3〉の判断の誤り)について

〈1〉 「後輪の側部であって車軸の上方に位置する消音器」が従来周知である以上、この消音器を引用例2記載の発明に組み合せることに、何の困難性もない。

〈2〉 「排気の円滑な流れが得られ背圧の影響や排気温度の上昇を抑えることができる」との作用効果は、排気管と消音器とが接続部においてともに後方に向かって斜め上方に向かい、排気の流れが大きく曲げられないことによるものである。しかし、この作用効果は、「後輪の側部であって車軸の上方に位置する消音器」を引用例2記載の発明に組み合せた場合に、排気管の後端部が必然的に「下部から後方に向かって斜め上方に導かれる」ことから、当業者が当然に予測し得たものである。(周知例のものも、排気管とマフラー(消音器)とが接続部においてともに後方に向かって斜め上方に向かっていることから、同様の作用効果を有する。)

また、「後部気筒の排気管を走行風で効果的に冷却する」との作用効果は、排気管を走行風がよく当たる車体の下側に配置することによって得られるものであり、引用例1記載の技術及び引用例2記載の発明も、排気管または消音箱が車体の下側に配置されていることから、この作用効果は、引用例1記載の技術及び引用例2記載の発明が有する作用効果である。

このように、本願発明の上記作用効果が、引用例1記載の技術及び引用例2記載の発明並びに周知技術が有する、ないしは、これらのものから当業者が当然に予測し得た作用効果である以上、これらの作用効果を参酌しても、上述の「後輪の側部であって車軸の上方に位置する消音器を引用例2記載の発明に組み合せることに何らの困難性もない」とした審決の判断に、何ら誤りはない。

(4)  取消事由4(顕著な作用効果の予測困難)について

〈1〉 排気管を設計する際に、等価管長の技術的思想を考慮し、また運転者の足に火傷が生じないように配慮することは、当然のことである。

〈2〉 本願発明の要旨の構成は、上述したように、引用例1記載の技術及び引用例2記載の発明並びに周知技術を組み合せることにより容易に得られるものである。

〈3〉 これらのものを組み合せることにより、本願発明の要旨の構成と同様の構成が得られるのであるから、本願発明の要旨の構成が等価管長を有するとするならば、その得られた構成が本願発明と同様に等価管長を有することは当然である。

また、「運転上何らの支障がなく、またペダル、フートレスト等の配置に制約がなく、さらにバンク角を大きく設定できるという設計上の自由度がある」との作用効果は、エンジンの側部に排気管が存在しないことによるものであり、引用例1記載の技術及び引用例2記載の発明も、エンジンの側部に排気管が存在しないことから、この作用効果は、引用例1記載の技術及び引用例2記載の発明が有する作用効果である。

さらに、前記(3)〈2〉で述べたように、「排気の円滑な流れが得られる」、「排気管を走行風で効果的に冷却することができる」との作用効果は、引用例1記載の技術及び引用例2記載の発明並びに周知技術が有する、ないしは、これらのものから当業者が当然に予測し得た作用効果である。

〈4〉 以上要するに、本願発明の作用効果は、引用例1記載の技術及び引用例2記載の発明並びに周知技術が有する、ないしは、これらのものから当業者が当然に予測し得た作用効果であって、これらの従来技術を組み合せたことにより新たに生ずる格別なものでないことから、審決には、顕著な作用効果の看過は存しない。

第4  証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)、同4(審決を取り消すべき事由)のうち(1)の審決の理由の趣旨、及び審決の認定判断のうち、本願発明の要旨、引用例1に「一対の気筒が車体前後方向に配列されたV型エンジンを備えた自動二輪車」が記載されていること、引用例2に審決認定の技術内容(ただし、後部気筒の排気管が消音器に接続されていることを除く。)が記載されていること、周知例に排気管を後輪の側部であって車軸の上方に位置する消音器に接続したことを特徴とする自動二輪車の排気装置が記載されていること、本願発明と引用例2記載の発明との一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

1  本願発明について

甲第2号証(平成3年特許出願公告第72489号公報)によれば、本願明細書には、本願発明の目的、構成及び作用効果として、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願発明は、直列V型エンジンを備えた自動二輪車の排気装置に関する。(1欄12行ないし13行)

(2)  大排気量のエンジンを搭載する自動二輪車においては、直列V型エンジン、すなわち前後にそれぞれ傾斜した複数の気筒を前後に配列したエンジン型式を採用することがある。しかし、このようなエンジン型式を採ると、後部気筒に接続される排気管が前部気筒に接続される排気管より著しく短くなり、排気脈動を利用して排気効率を高めることができなくなる。一方、自動二輪車は、良く知られているように部材の装備空間に著しい制約があり、このため後部気筒の排気管長を前部気筒の排気管長に合わせるには種々の困難がある。

このため、従来は、排気管を後部気筒から車体の側方に導き、一旦前方、すなわちエンジンの側部へ迂回させることにより、所望の等価管長を得る構成を採っていた。しかるに、このような構造であると、迂回部分が車体の側部前方にあるため、運転者の足に接触し火傷を起こさせるおそれがあること、ペダル、フートレスト等の配置を制約すること及び大きなバンク角をとることができなくなる等の不具合があった。(1欄14行ないし2欄6行)

(3)  本願発明は、このような事情に鑑みなされたもので、エンジン、後輪間の空間の一部と、二次伝動装置の下側空間を利用することにより、前記不都合を解消することを目的(2欄7行ないし11行)とし、その要旨とする構成(1欄2行ないし10行)を採用したものである。

(4)  本願発明は、上記構成を採用したことにより、以下のとおりの作用効果を奏する。(4欄9行ないし26行)

〈1〉 後部気筒に接続される排気管を後輪とリヤアーム軸との間の空間及び二次伝動装置の下側の空間を利用して蛇行するように形成したから、各装着部材の配置を大きく変えることなく等価管長が得られ排気効率の向上をはかることができる。

〈2〉 消音器に対して後部気筒の排気管を下部前方から斜めに接続したから、排気の円滑な流れが得られ、背圧の影響や排気温度の上昇を抑えることができる。

〈3〉 従来の一部自動二輪車に採用されているように、エンジンの側部に排気管の迂回部分を配設する必要がないから、運転上何らの支障がなく、ペダル、フートレスト等の配置にも制約がなく、さらにバンク角を大きく設定できるという設計上の自由度がある。

〈4〉 後部気筒の排気管の二次伝動装置よりも下方に延在している部分に走行風がよく当たるようになるから、後部気筒の排気管を走行風で効果的に冷却することができる。

2  取消事由1(相違点〈1〉の判断の誤り)について

(1)  甲第3号証(雑誌「MOTOCICLISMO」1979年1月号、EDISPORT発行)によると、引用例1に、次のような記載がなされていることが認められる。(別紙2参照)

「コラム1

ルイジ・フリデゴットがボローニャ製二気筒オートバイのポテンシャルを高める特製パーツをシリーズで取り揃え、走行テストも行った。ここではその詳細とビレッリのサーキットで我々が実施したテストの結果をレポートする。」(116頁)

「コラム4

現在のフリデゴットの排気系はサイレンサー付きの「2-in-1」で、テクニックさえあれば住宅街を走るときに有利だが、シリンダーにつき一本のシングルチューブの排気系の方が性能では勝る。…写真はスタッフ(右側)が本誌カルロ・ビアンキに「2-in-1」の特徴を説明しているところ。もう一枚の写真は集合部分が曲がっているのを示している。これはシリンダーレイアウトが先に決まっているために、二本のエギゾーストパイプの長さをうまく調節する必要に応じてのことだ。…」(117頁)

また、同号証によると、該雑誌には、2種類の排気管が117頁中段に左右の写真によって示されており、118頁左下の写真に示されたV型2気筒のエンジンを備えたオートバイには、上記記事内容から、該2種類の排気管のいずれかが装着されているものと推測される。

これらの記載及び117、118頁の写真(特に117頁中段の左側の写真)から、引用例1には、V型2気筒のオートバイにおいて、それぞれのシリンダーにつき1本の排気管を有したものが示されており、その際、前部気筒の排気管と後部気筒の排気管の長さを合わせるために、後部気筒の排気管を極端に屈曲したものが示されているものと認められる。

(2)  そして、乙第1号証(昭和55年特許出願公開第99419号公報)、前掲甲第3号証によれば、一般に、自動二輪車において、車体中心線から気筒の排気口、二次伝動装置、消音器の位置関係をみた場合、上記の順で車体中心線から外側に位置しているのが普通であることが認められる。

(3)  原告は、引用例1に掲げられた写真(117頁)は、写真撮影の技術上、排気管を安定した状態に置いて撮影したものにすぎないから、実際の二輪車に取り付けた際の排気管の位置関係を示していない、そのうえ、該写真は、単に湾曲した排気管を図示しているのみであって、排気管が二次伝動装置の下側を湾曲迂回して下部から後方に向かっていることは、この写真から自明であるとはいえない旨主張する。

たしかに、前掲甲第3号証を検討しても、引用例1記載のものからは、2本の排気管を実際の車に装備した位置関係を詳細に把握することは困難である。

しかしながら、甲第4号証(昭和55年特許出願公開第46045号公報)には、以下のように記載されていることが認められる。

「 エンジン12の各バンク13、14の各外側面には各気筒に対応する排気管19、20が接続されている。エンジン12の下方には消音箱21が配設され、前記排気管19、20はこの消音箱21に接続されている。すなわちバンク13側の2本の排気管19はエンジン12の前方から消音箱21に接続され、またバンク14側の2本の排気管20は前記リア・アーム8のガゼット11に設けた挿風孔11aを通って、消音箱21に接続されている。この消音箱21内には前後に内部を前室21aおよび後室21bに仕切る隔壁22が設けられ、この隔壁22には後方のバンク14の排気管20から排気を前室21aに導く導管23と、前室21aと後室21bとを連通する連通管24が、それぞれ2本づつ固定されている。なお前記前方のバンク13の排気管19は前室21aに接続されている。25は消音管であり、消音箱21の後室21bの左右両端に接続され、後方へ延出する。なおこの消音管25の後端は前記後輪7の車軸よりも前方にある。」(4欄19行ないし5欄18行)

「 なお排気管19、20の長さはエンジン12の性能と密接な関係を有するので、極端に短縮するのはエンジン性能上好ましくない場合があるが、排気管20の長さは実質的に導管23の長さにより調節可能である。また排気管19にも、場合によっては前室21a内に延出する導管を設けることにより、実質的な排気管19の長さを調節することができる。従ってエンジン12の最適な性能を引き出すことができるように実質的な排気管19、20の長さを選定することが可能になる。」(7欄4行ないし14行)

以上のような明細書の記載及び別紙図面3第1図ないし第5図からすると、消音箱21はエンジン12の下方であり、同様にリヤ・アーム8の下方に設けられていることが認められる。そして、同明細書には、「リヤ・アーム8の一方のアーム8aには第5図で示すようにドライブ軸10が貫挿されている。このドライブ軸は後記エンジンの駆動力を後輪に伝達する。」(3欄18行ないし4欄1行)と記載されているから、これにより、消音箱は、本願発明でいう二次伝動装置の下側に位置するものであると認めることができる。

してみれば、引用例2記載の発明において、後部気筒からの排気管20は、気筒の排気口から後方に延設し枢支軸9(本願発明のリヤアーム軸に相当)と後輪7との間を通してやや前方に向かうように下方へ導くとともに、ドライブ軸10(本願発明の二次伝動装置に相当)の下側に位置する消音箱21内に挿通して接続されているものが示されており、その排気は、終極的には消音管25(消音器)を介して排出されるものであって、しかも、導管23の長さを調整することにより前部と後部の排気管19、20の長さを選定できるものであることが認められる。

そこで、引用例2記載の排気管を消音箱に接続せずに、引用例1記載の排気管のような1本のシングルエギゾーストパイプで考えた場合、当業者であれば、本願発明のように、後部気筒の排気管を、気筒の排気口から後方に延設しリヤアーム軸と後輪の間を通してやや前方に向かうように下方へ導くとともに、二次伝動装置の下側を湾曲迂回させて後方に向かって導くようにすることは、容易に考えついたことであると解される。

(4)  したがって、「後部気筒の排気管を二次伝動装置の下側を湾曲迂回させ下部から後方に向かって導く」ことが、引用例1に明示的に記載されているとはいえないが、引用例2記載の発明に引用例1記載の前記技術を組み合せることにより、後部気筒の排気管の構成を、上記のように構成することは、当業者が容易に想到することができたと認められ(甲第13ないし15号証も上記認定判断を左右するに足りない。)、結果において、審決の相違点〈1〉の判断に誤りはないというべきである。

3  取消事由2(相違点〈2〉の判断の誤り)について

(1)  まず、自動二輪車の消音器の取付位置として、後輪の側部であって車軸の上方に位置させることが従来より周知であることは、当事者間に争いがない。

原告は、周知の消音器の取付位置は、その他にも車軸と同位置のほか、車軸の、前方上部、前方、前方下部、上方、下方、後方下部等の多数のものが存在する旨主張する。しかし、一般に、消音器の取付位置として周知の取付位置が多数存在する場合には、どの取付位置がその発明にとって最適かをいろいろ試してみるのが通例であると考えられる。しかも、本願発明においてその取付位置を採用するにあたり、車軸の上方に位置させることについて何らかの技術的障害があるという証拠は存しない。

そして、後輪の側部であって車軸の上方という周知の消音器の取付位置を採用した場合、「車軸の上方」とは、二次伝動装置よりも上方を意味するところ、前記1(3)認定のように、排気管の位置は、二次伝動装置の下方から導かれるものであるから、この周知の消音器に接続しようとすると、排気管は、必然的に「下部から後方に向かって斜め上方に導かれる」ものとなることは、明らかである。

(2)  したがって、審決の相違点〈2〉の判断にも誤りはない。

4  取消事由3(相違点〈3〉の判断の誤り)について

(1)  消音器の取付位置を後輪の側部であって車軸の上方とすることは、従来周知であり、前記2で検討したとおり、この取付位置を採用することについて、何ら技術上の障害となるものが見当たらないのであるから、本願発明のように、この消音器を採用してこれに排気管を接続することについては、格別困難性が認められない。

(2)  原告は、本願発明は、多数存在する周知の消音器の取付位置から、後輪の側部であって車軸の上方とする構成を選択することにより、周知技術及び引用例2記載の発明とは異なる技術的思想に基づき、顕著な作用効果を奏するものである旨主張する。

しかしながら、本願発明において、上記構成を選択することに格別の困難性がないことは、前述のとおりであり、原告がその構成によって奏し得たと主張する作用効果も格別顕著なものといえないことは、後記5(1)の〈2〉及び〈4〉に判示のとおりであるから、原告の主張は採用できない。

(3)  したがって、審決の相違点〈3〉の判断にも誤りはない。

5  取消事由4(顕著な作用効果の予測困難)について

(1)  本願明細書には、本願発明の奏する作用効果として、前記1(4)〈1〉ないし〈4〉のとおり記載されていることは前述のとおりである。(本願公報4欄9行ないし26行)そこで、これらの作用効果について、以下に検討する。

〈1〉 等価管長の技術的思想及び排気効率の向上については、前記2(1)認定のように引用例1に、前記2(3)認定のように引用例2に示されている。また、各装着部材の配置を変えることなく構成できることについても、引用例2には、前記2(3)認定のように後部気筒に接続される排気管を後輪と枢支軸(リヤアーム軸)との間の空間を利用して配置したものが、さらにドライブ軸(二次伝動装置)の下側の空間を利用して排気系の構成の一部である消音箱を配置して排気管と接続したものが示されている。そうすると、上記〈1〉の作用効果は、引用例1記載の技術及び引用例2記載の発明から容易に予測し得たものと判断される。

〈2〉 背圧の影響や排気温度の上昇を抑える作用効果は、消音器に対して排気管を下部前方から斜め上方に接続することにより得られるものであり、甲第5号証(周知例の公報)、同第7号証(昭和53年実用新案出願公開第64442号公報)、同第9号証(昭和49年特許出願公開第67337号公報)、同第10号証(昭和53年実用新案出願公開第153139号公報)等からも、このような構造は一般に消音器に対する排気管の周知の接続構造にみられるものであることが認められ、さらに、前掲甲第4号証から、引用例2においてもこのような方法が採られていることが認められる(別紙図面第1図参照)から、これらのことからして、該作用効果を格別なものとすることはできない。

〈3〉 運転上の支障がなく、ペダル、フートレスト等の配置に制約がなく、設計上の自由度が大きいという作用効果は、エンジンの側部に排気管が存しないことにより得られるものであり、引用例1記載の技術及び引用例2記載の発明も、エンジンの側部に排気管が存しないのであって、該作用効果は、引用例1記載の技術及び引用例2記載の発明が当然有しているにすぎないものと解される。

〈4〉 後部気筒の排気管を効果的に冷却できるという作用効果は、排気管を走行風がよく当たる車体の下側に配置することによって得られるものであり、引用例2記載の発明も、排気系の一部をなす消音箱が車体の下側に配置されていることから、該作用効果は、引用例2記載の発明が当然有しているにすぎないものと解される。

(2)  そうすると、本願発明の上記〈1〉ないし〈4〉の作用効果は、引用例1記載の技術及び引用例2記載の発明並びに周知技術が有するものにすぎないか、もしくは、これらのものから当然に予測し得たものにすぎないから、これを格別の作用効果ではない、とした審決の判断は正当である。

6  以上のとおり、原告の審決の取消事由の主張は、いずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

別紙図面1

〈省略〉

別紙2

〈省略〉

別紙図面3

〈省略〉

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